2021.5.13~9.8 直木葉造

【 前置きとして 】

先ず今回の報告内容と愛農運動の歴史との関連について簡単にふれた い。愛農運動の歩みの重要な一面に「農業技術・経営とその実践」の紹介と普及とがある。小規模農家を主とする日本の農業の今後のために農 業経営の在り方についていろいろと取り上げられてきた。農家・農業の形態の代表が有畜複合家族経営である。初期の愛農誌の記事を見ると、 そういう中で久宗壮先生たちによる「立体農業の研究と実践」に関するものが見受けられる。「立体農業の考え」は、江戸時代までは別として 明治時代以降は、特に日本を代表するキリスト者・社会改良家賀川豊彦が「立体農業の理論と実践」に関する論文を発表し、昭和初期から戦後 にかけての農民福音学校運動の中で頻繁に取り上げたことに始まるようである。久宗先生は、若き日に賀川らにより創められた武蔵野農民福音 学校のスタッフでもあり、戦後は岡山県津山地域でその実践をされた方である。聖書の語る「乳と蜜の流れる郷」を理想として、その実現の具 体化のために立体農業に取り組まれた方である。当時北欧デンマークの農業はその具体的実現例として世界に知られていたので、先生は息子さ んをデンマークに送り込み、その農業を学ばされた方であることも初期の愛農誌の記事から知ることが出来る。

この農の考えは、農業・林業・漁業も含まれ、稲作・畑作・畜産(牛馬 鶏羊山羊・・・)・森林と広範囲に及ぶ農業に関係する考え方であり、地球生態系を有機的に利用しつつ農に生きる生き方で、これが本来の持 続可能な農の在り方である。

 以下に紹介するのは、その様な持続可能な農の在り方を自然環境の 厳しい岩手の県北の地で、地道に実践してこられた小井田さんご家族の農業についてである。


東北岩手の地で農に生きる方々(1)

『 岩手県 県北九戸村における小井田さん家族の農の歩み 』

はじめに


 
今日の北欧の小国デンマークが、農業立国として世界的に名を馳せるよう になるきっかけは、内村鑑三著『 後世への最大遺物 デンマルク国の話 』の中で紹介されているごとく、エンリコ・ダルガス父子を中心とする人々による、大西洋に面したユラン半島のヒースの荒れ地の植林による再生にあったこと はよく知られている。「植林は王者の業」とも言われる。目先の自分たちだけの利益のためではない、後々の人々のためになる業である故であ る。21世紀に入った今日でもデンマークユラン半島中西部スキャーンの町の近郊の森の中には、1897年に建てられたエンリコ・ダルガス の植林記念碑が大切に保管されている。

もう一つ面白い植林に関するフランス人ジャン・ジオノ著の作品があ る。登場人物エルゼアール・ブフィエは彼の尊敬する父をモデルとしたとものともいわれている作品で、たった一人でフランス南部プロヴァン ス地方の荒れ地をドングリの実を植え続けることにより森を蘇らせ、その地を自然豊かな人々にとって幸いな地へと再生させた物語である。

国の基は農にあり、その農の営みの基盤はその背景にある木々の豊かな 山・森であり、そこを源とする水の流れであるだろう。ここに紹介する小井田さんご家族の農業は、生態系を有機的に利用する農に生きる生き 方で、昔から山背(やませ(偏東風))の影響を受けて来た岩手の県北の自然環境の厳しい地で、持続可能な農の在り方を求め地道に歩んでこ られた尊い例である。

1.小井田さんご家族の農場「 小井田立体農業研究所 」の歩み


 
小井 田さんの農場は、ご家族の命名で小井田立体農業研究所と呼ばれている。創始者は小井田與八郎さん(2001(平成13)年没)である。現 在はご長男重雄さんご夫妻、その息子の寛周(ひろのり)さんが研究所を引き継がれている。與八郎さんは戦前、当時ある雑誌で連載の始まっ た賀川豊彦の「乳と密の流れる郷」に深い感銘を受け( 賀川は『立体農業の理論と実際』も発表している )、その影響でその後農業をしつつ「立体農業論」を独学で学ばれた方であるという。賀川が日本農村の貧困解消のために提唱したのが「樹木や家畜を取り入れ た循環型の立体農業」で、広い土地がなくても農民が十分食べていけるように、地面だけでなく空間も利用して立体的に生産性を上げる取り組 みである。與八郎さんは第二次大戦中には兵役で招集され、首都防衛任務として小笠原諸島に派遣された。思いがけず彼はそこの島の人たちが ココナッツの木の下でヤギを育てる農業をしているのを目の当たりにし、その時改めて北国岩手でも賀川の主張する立体農業の可能性を強く感 じたと言う。敗戦で故郷九戸に戻った與八郎さんは、父親の強い反対を推し切り、1951(昭和26)年先ず畑地1.5ヘクタールに胡桃を 植樹する。地元で昔から少し栽培されていた胡桃の木(手打ち胡桃)に着目し苗を植えるところから立体農業を始めたのである。その農場を小 井田立体農業研究所と名付け今に至っているそうである。與八郎さんは小学校しか出ていなかったが実に勉強熱心な方だったそうで、「 農作業の合間に時間があるといつも本を読んでいた 」と、重雄さんは語っておられる。與八郎さんはその後も独学で研究を重ね以前からの稲作に加え、やがて1955(昭和30)年には乳牛(ホルスタイン)2 頭を導入、1962(昭和37)年には山を開墾した1.2ヘクタールにさらに胡桃を植え増園し、1965(昭和40)年には農場に牧草を 植え牛の放牧を開始された。この後、1976(昭和51)年に息子重雄さんが、宮城県農業短期大学での学びを終え実家に戻り、與八郎さん ツルさんご夫妻と共に出稼ぎをしなくても成り立つ生活を立体農業で目指した。工業へ舵を切り経済大国への道をひたすら走った日本だった が、與八郎さんと重雄さんはその流れに抗うかのように立体農業を続けた。1977(昭和52)年には、胡桃の害虫駆除を兼ねて産卵鶏を導 入し胡桃林に放鶏。1983(昭和58)年には牛糞・鶏糞堆肥利用へ転換し、化学肥料からの脱却を果す。この様に立体農業の骨格が少しず つでき上っていったと言う。與八郎さんはこのような経過の中、2001(平成13)年に召天されたのである。

 < 約45年ぶりにお訪ねした早春の「 小井田立体農業研究所 」 2021年5月3日(月) >

 乳牛の放牧地と採草地 
胡桃の大木の下でくつろぐ牛たち 
胡桃林の各所に配 置されている小鶏舎

                                  


胡桃の大木の下で くつろぐ牛たち 小 鶏 舎 胡桃の木の下の小 鶏舎


與八郎さんの植えた70年物 の胡桃の大木の林 牛舎( 搾乳時のみ使用 )


現在の小井田立体農業研究所には重雄さんのご長男(與八郎さ んのお孫さん)寛周さんが、2015(平成27)年から就農されている。寛周さんは北海道の大学で経済学を学んだ後北東北にある会社に就 職された。しかし東日本大震災が起りその復興のため岩手の沿岸地域で働いておられたが、家族と共に過ごすことの大切さを強く感じ帰郷され た方である。寛周さんはその後2017(平成29)年に農園の空地30アールに胡桃の苗木を新植されている。

研究所絵 親戚の小井田慎一さんの筆による 
  生前の仕事中の與八郎さん

胡桃の中の牛たち

胡桃の実を集める 牛たちの中で 集めた胡桃の実 皮を取り洗浄後乾燥

                           

若き日の重雄さんまき子さんご夫妻 研究所 放牧地にある 小井田家先祖墓墳記念碑

                  

研究所に飾られている 聖書イザヤ書40章31節の言葉
    胡桃に縁のある石川啄木の歌碑

小井田重雄さん・寛周さん親子(與八郎さんが胡桃材を使い改修した集会室にて)

       

2.今日の小井田立体農業研究所

小井田立体研究所の案内パンフレットには、「 立体農業は人と生き物の連携プレーで生きている 」 「 立体農業とは昭和初期、賀川豊彦の主唱した、中山間地の限られた土地を立体的に利用し、果樹、家畜を有機的に取り入れた山村農業 」とあり、小井田立体農業研究所の農場データ-(2017年現在)として、農場面積:3ヘクタール、手打ちクルミ:80本(成木50本(30本は樹齢70 年20本が樹齢45年)・幼木30本)、乳牛:14頭(品種:ホルスタイン)、 鶏:90羽(品種:アローカナ・もみじ)、犬:2匹。 猫:10匹、水田:1ヘクタール、採草地:7ヘクタール、山林:4ヘクタールと記されている。

更に、パンフレットの中には、

 小井田立体農業研究所での取り組み  私たちは岩手県の山間の傾斜地で、それぞれの動物の力を借りながら、化学肥料、農薬に頼らず、循環した農業を目指してきました。現在は「手打 ちくるみ」の木を中心に、その下で「乳牛」と「鶏」を放牧し、人が行う労働を動物に担ってもらい、「人と生き物」の連携プレーで、食べ物 を生産しています。「安心安全な食べ物を、持続可能な循環した環境の中で生産する農業」を基本理念に、これからも研究と実践を重ねていき ます。 」

 我が家の立体農業  

手打ちくるみ  地域で藩政時代より栽培されてきた「手打ちくるみ」 動物たちの力を借りておいしく育つ  
乳牛   クルミの木の下の草を食べ、草刈りの役割をしてくれる  フン尿がクルミの肥料になる      

鶏      土の中にいるクルミの害虫を食べ、害虫駆除の役割をしてくれる  フンがクルミの肥料になる  」      

 農場の生産品  

手打ちクルミ  地元で昔から栽培されてきた「手打ちくるみ」は、大粒で殻が柔らかく、身を取り出しや

すいのが特徴です。動物たちの堆肥のみを肥料としたクルミは、ほの かな甘みと軽い食感でやめられないおいしさです。

牛 乳         離し飼いの自由な環境で過ごした牛の牛乳は、甘みのあるすっきりとした味わいです。

卵         アローカナという南米原産の鶏  野生に近い品種のため走るのが速く、狐に追われてもげ切る  雄鶏も一緒に放し飼いなので有精 卵で、エサはほとんどを地元産の米・米ぬか・雑穀などを利用し、クセがなく濃厚です。

猫      胡桃を狙うリスを獲ったり獲らなかったりの

米           肥料は家畜から出る堆肥を使用し、農薬もなるべく使用しないように栽培しています。

稲わらは牛たちの貴重なエサとなります。                                      

広さ3ヘクタールの農場には、「クルミ」の木の下で「牛」「鶏」 が、

動物本来の自由な姿で、それぞれの特性を活かし、食べ物を生産して います。

等々、研究所での営みの内容が分かり易く説明されている。

今回の報告の参考資料として上げてある『 東北食べる通信 2017年12月号「 胡桃 」 』には以下の記述がある。

「 手打ち胡桃は江戸時代に中国から入ってきた品種 現在の国内販売の胡桃の90%はアメリカ産(ペルシャ胡桃という品種) 手打ち胡桃は殻が薄く手で割れることからその名がついた お菓子に使われるので別名菓子胡桃ともいう 」 「 牛には序列があるので、みんなが食べられるようにまんべんなく広げて置く 一ヶ所にまとめて置くと強い牛しか食べられない 牛糞は胡桃の栄養になるので、なるべく糞をしてほしい場所に牧草を撒くようにしています 」 「 農場内に点在する鶏小屋を回りながら給餌 鶏は動けるテリトリーが狭いので鶏小屋も胡桃の木の配置を踏まえてまんべんなく設置  鶏の水飲み場に餌の牛乳を注ぐ 牛乳を飲ませるようになってから鶏はたくさん卵を産むようになった 」 「 豊かさを測る物差しがお金とモノに偏り過ぎている  ほどほどの生産量で家族が食べていけさえすれば、贅沢できなくても本当に楽しんで暮らせるようになるんじゃないか  自然の循環を活かす立体農業は自給的に「食べていける農業」を志向する 」 「 人間も自然の一部に過ぎないという自覚を持って、感謝しながら恵みをいただき、家族みんなで健康に生きること  こういう生き方こそ豊かだと思う  だから「儲かる農業」ではなく「食べていける農業」こそが農村が生き残る道だと信じている  今世紀半ばには世界人口は100億人を突破する  世界的に食料需給が逼迫することが懸念されているが、「食べていける農業」はそれに対する一つの答えになると確信している   なぜ農業が必要か ? なぜ農村が必要か ? 食料安全保障の観点から「 みなさんの命を農業が守っている 」 」

< 初秋に再訪した「 小井田立体農業研究所 」

・・・ 緑濃い胡桃林と牛や鶏たち 2021年9月 4日(土)>















「 胡桃とミルク自然卵

の農場 」

    小井田立体農業研究所


昔ながらの牛舎の内部 (衛生的に管理されている 生れて間もない子牛


    

牛舎からすぐの胡桃林の主た る放牧地 右奥に牛舎(すぐ左手に主放牧地がある)




上部に研究所の集会室のある建物(胡桃材で内装がさ れている )     

胡桃の大木の下でくつろぐ牛 たち

與八郎さんの植えた 70年物の胡桃の大木の林



昼・夜 年間 放牧 の 牛たち 胡桃の木の若木


胡桃の木の下の小鶏舎中の平 飼い鶏(アローカナ種もいる) 手打ち胡桃の木の実




9月4日(土)の「 小井田立体農業研究所 」再訪問の時には、以下の様な質問を

用意しお訪ねした。


 1.小井田さんのご家族について 
 2.小井田立体農業研究所の自給率(食料と餌)について  人  家畜

 3.小井田立体農業研究所の経済について  

 4.小井田立体農業研究所への地域の理解と人と の繋がりについて  

 5.東北岩手九戸地域の環境・現状・課題につい て  

 6.日々考えておられる事  感じておられる事  願われていること について

 7.小井田立体農業研究所のさらなるビジョンに ついて

 8.将来へ向けて小井田立体農業研究所と愛農 (あいのう研究所)・他の人たち

とのつながり  

 9.将来へ向けて小井田立体農業研究所と北欧ノ ルウェーの人たちとのつながり





夕方の搾乳の時の迫る中、ご迷惑にならないようにし つつこれらの質問に

ある程度そってお父さんの重雄さんとご長男寛周さんからいろ いろ伺った内

容を、今回はその時の生のメモ(箇条書き記録)にあえて手を 加えずにその
まま以下に紹介する。


農場を案内しながらいろいろ
説明下さった小井田さん親子

 

「 小井田立体農業研究所 」訪問時のメモから・・・ その時の話の流れのままを記してある


農薬も使う普通のやり方を以前はしていた 生協活動をしていた方の話を聞いて切り替えることになった

北海道に放牧酪農を見学にも行った

重雄さんの奥さんのまき子さんは同じ九戸村のご出身で、村の保育所で定年まで 働いておられた 今は小井田立体農業研究所の手伝いと自家用の野菜つくりの畑仕事をされている

九戸地域の年間平均気温9~10度 冬 昨年はマイナス15℃を経験

降水量900~1000ミリ 畑作地帯に向いている

実のなる木、クルミやリンゴ等に向いている地 実は何でも実る リンゴも産地であった

やませが折り爪岳でぶつかり雨(水分)を落とす場所

昭和40年代以降 大手ブロイラー生産企業3社が県北にも入る

現金収入 出稼ぎしないでこれらの企業で働きつつ村で生活する人が増える 人口5600人中900人位

村内の酪農家 100頭規模1戸 30頭 1戸 20-30頭 1戸 10~20頭 6戸  10頭以下 4戸

和牛農家 30戸 5頭位~ 高齢化  企業養豚一農場 母豚100頭規模 青森県三沢・十和田に屠場

産卵鶏農家無し  羊・山羊無し これらの家畜も昭和40年以降の出稼ぎ以前はいた

樹木 リンゴ農家 3戸  やまなしの試験栽培取り組み中 アイスクリーム味付け用 渋柿・鬼胡桃

手打ち胡桃 小井田さんの江刺家で2戸 小井田さんの5年後に始めた方がある 今も続けていて村内に出荷

昭和天皇の結婚記念に村内の農家等に手打ち胡桃の苗木配布  それらが村内でかなりの本数残っている

岩手県の特産物として特用林産として胡桃・桐・漆・栗が取り上げられ奨励され た時期がある

小井田與八郎さんも胡桃関係で関わる

三陸地方の東側山沿い 田野畑・普代・野田では桐の木  浄法寺では漆 ここは軌道にのり続いている

米の転作の関連で 與八郎さんらが青森津軽の森林組合に自家産の菓子胡桃の苗木を届ける役もしていた

胡桃は水はけの良い所を好むので水田跡地では育たない 残らない

小井田さんの田 7反 他の農家の高齢化と耕作放棄地が増えないように使ってくれと頼まれた田が4反

昭和40年頃まで 畑作 ひえ 大豆 麦 昔は馬(農耕用)がいた  

小井田さん他 昭和30年代に乳牛・肉牛に切り替わる

與八郎さん夫婦は、重雄さんが帰るまでの間も出稼ぎをしないで過ごされた

昭和58年頃まで農産物の値段が上り調子で経時的に良かった

出荷先 米 農協   畑作はひえ・麦の雑穀類に代わる物として昭和50年代に野菜中心になる

県立福岡高校卒業後 宮城県農業短期大学 畜産科で学ぶ 浅く広く学ぶ  寮生活が楽しかった

家に戻り 学んできたことを技術的にも活かしていろいろ取り組んだ 現在までにいろいろ曲折があった

乳牛は搾乳牛12頭迄増やしたことがある 餌にしても 乳脂肪分を高めるためにとか・・・

いろいろ失敗して見えてきた  最初の頃は植物や牛の特性を理解していなかった

そして、牛の事は牛に、胡桃の事は胡桃に 聴けというというところにたどり着いた

農業は稔りを与えてくれるし、循環型農業だからそれが出来る  人間が管理するのが筋だと多くの人が勘違いをしている 現在は国や農協が奨めていることと真逆なことをしている

以前は多額の借入もしたこともあるが、今は借入れ金も短期に確実に返せる範囲 で経営は廻せている

以前から誰に対してもいろいろ正直にオープンに話してきた  農業を諦めずにやりたいとの思いを持ち続けていると助けてくれる人も現れる体験もしてきた  農業には成り年、不作の年があるが、被害を少なくするためには、多角形は重要である。忙しくても4つの分野を続けてきた  小農複合多角経営

凡その年間の収入は 畑作 2割 牛 5割 卵 1割 胡桃 3割   小井田家食料自給 米 牛乳 卵 野菜(雪のない時期) 冬は雪もあり作れないので購入 全体で50%位   鶏の餌は 魚かす 貝殻(山田町産・・・鶏の食いつき良い)秋に纏めて購入 飼料米(くず米を近くの農家から購入) アローカナの卵 通販

あるマルシェでよそのアローカナの卵と小井田農場の卵の食べ比べで評判が良 かった  獣害 キツネ・ハクビシン(鶏に) 鶏:もみじ 入手しにくい状況 ロードアイランド(南部かしわのロットがある)

小井田農場の生き方に対する地域の理解を得るのは今でもなかなか難しい  けれど理解者も増えている

わたしたち自身も外部に経済的指標も提示してきていないし、土地条件もあるの で似たことを出来る人は少ない

牛の飼料   3haは胡桃樹間年間昼夜完全放牧 7~8 ha 採草地 3回刈り/年 ロール500個(ロール経90cm)3割濃厚飼料 乳脂肪率は餌として乾草が安定していて良い 青草が一番ベストである

1000円の乳生産に300円の餌代 牛は夏の暑さには弱い 夏場 自然分娩 分娩率は牛によりばらつき

牛 牛舎内 朝搾乳時 2時間くらい 夕 1.5時間くらい

10頭以上になると放牧地の土地も荒れる   農場周辺に現れる獣 キツネやハクビシン 熊 タヌキ

震災後岩手県五葉山から広がったらしい二ホン鹿 遂に去年の秋からイノシシも現れた

農場にはネコ8匹・犬2匹がいる

岩手県アンテナショップ 銀座プラザ東京 みちのく夢プラザ九州 等で販売

定期購入者 長野パン屋さん 九戸村ケーキ屋さん(パウンドケーキ)九州のお菓子屋(胡桃トッピング和菓子)

通販 2~3割  盛岡ら・ら岩手(岩手県産品販売)

< 今後に向けて > 今までは生産することに一生懸命だったが

これからは販売するための工夫を 自家販売 仲介者を経ないで消費者に届ける

寛周さん・・・インターネットを利用し通販は昨年からスタート

通販での胡桃・卵を、さらに米・牛乳にも広げられないか・・・ここで暮しなが ら商売も出来るのでは?

通販での胡桃・卵  現在は東北のお客さんはほとんどない 関東が中心で 西日本はぽつぽつと

郵便局の平成ふるさと小包便からのリピーターがおられる

農福連携 福岡工業高校(二戸の支援学級があるので)冬場の作業の一つとして

中山の里 ワーク中山 障害者の方たちとの協働

重雄さんの愛読書だった本「ノルウェーの小規模酪農経営の素顔」 萬田富治著 ノルウェーの農家に関心を持っていた

胡桃は人にとって希望(命)の実の一つになり得るであろう !

3.小井田さん 一家の歩みから将来に向け私たちは何を学ぶのか ?

 今回の訪問 を通してそれぞれの農家には現在に至る固有のひたむきな歴史があることを改めて感じさせられている。今回報告させて頂いた内容は小井田家 の三代に関するものである。その尊い三代の農業の歴史、歩みから私たちは何を学ぶのか ? 21世紀に入り深刻な地球規模の人も含めた生き物の生存に関する課題の突き付けられている今日、小井田家の歩は私たちに何を語りかけているのであろうか ?  以下に整理してみたい。

a, 小井田立体農業研究所小井田一家の農場)の基本的考え・生き方

 あると確信している お金とモノに偏り過ぎない豊かさ、贅沢しなくても楽しんで暮らせる生き方の探求 を続ける

「人も自然界の一員であ る」という自覚の下に立体農業に取り組む

人と生き物 の連携プレー(それぞれの特性を活かし)で安心安全な食べ物を生産する

家族皆で自 給を大事にして「食べていける農業」を続ける

環境を大切 に持続可能な生産をする農業を続ける

b, 小井田立体農業研究所小井田一家の農場

中山間地の限られた土地を立体的に利用   家畜の福祉も配慮されている

害獣の影響 を緩和する工夫がある  

胡桃は樹齢 100年まで実が成るよう大切に見守る

( 幼木の植樹を計画的にしつつ後世への大切な遺物としての胡桃林の維持がなされている )

クルミの木の下の草を食べ、草刈りの役割をしてくれる フンがクルミの肥料に

        土の中にいるクルミの害虫を食べ、害虫駆除の役割 フンがクルミの肥料に

動けるテリトリーが狭いので鶏小屋も胡桃の木の配置を踏まえてまんべ んなく設置

雄雌も放し飼いなので卵は有精卵 小鶏舎内完全平飼い

鶏のエサは地元産の米・米ぬか・雑穀などを利用

鶏にも牛乳を少し飲ませ飼育 鶏の産卵率が上がる 

稲わらは牛たちの貴重なエサ

動物たちの堆肥のみを肥料とした 人が行う労働を動物に担ってもらい

化学肥料も農薬にも頼らず 働く時間を有効に他の必要な作業にあてる

c, 食 料安全保障の観点から「 みなさんの命を農業が守っている 」

世界的に食料需給が逼迫することが懸念されている小井田立体農業研究所の「食べていける農業」はそ れに対する一つの答えである

【 小井田家の三代の農業から学ぶ 】 ・・・ 研究と実践を積み重ねてこられている

與八郎さんは小学校しか出ていなかったが実に勉強熱心な方だったそう だ。重雄さんは父親の與八郎さんは「 農作業の合間に時間があるといつも本を読んでいた 」と語っておられる。與八郎さん、重雄さん、寛周さんたちは実践・観察・再検討の研究を重ねて来られたのである。その内容の幾つかを改めて以下に記した。

*   地域に昔からあったものに着目し発展させた(手打ちくるみ)

* く るみ害虫駆除に鶏の放牧が有効であることを発見

* 牛と鶏の胡桃樹間 放牧による有機質肥料の林への供給による体系化

* 鶏の栄養補給に一 部牛乳の活用

* キツネなどの獣害 被害対策としての鶏アローカナ種の導入

* 立体農業 による持続可能農業体系の確立(さらに充実の可能性)

* 小井田家の食料な らびに家畜たちの餌の国内・地域・農場内自給の確立 牛の飼育頭数の検討

* 人 と家畜の共生 本来の牛の知的能力を活用(牛の搾乳時・厳冬期以外の舎外飼育)

* 人と家畜の福祉の 進展

* 家族皆でお金や物 に依存しすぎない心身ともに健康に生きる人生の探求

* 自分たちの生かさ れてきた東北岩手県北九戸の故郷(地域)への思いを大切に歩んで来られた


おわりに

 

今回40年ぶりに小井田立体農業研究所を訪問した。まだ與八郎さんツ ルさんご夫妻がおられ、重雄さんもお若かった頃以来である。以前兄道之助(賀川豊彦先生のお弟子藤崎盛一校長の香川県瀬戸内海の豊島農民 福音学校の短期塾生)と二人でお訪ねして以来であった。是非、愛農関係者に岩手の小井田立体農業研究所を紹介したいという願いを快くお受 け下さり、再度農場の見学と寛周さん就農後の様子もうかがう機会を与えて下さったことに対し、先ずこの場をお借りして心よりお礼申し上げ たい。東北岩手の人々にとっても大変辛い出来事であった東日本大震災後の岩手において、今も農に生き続け、地の塩・世の光として歩んで下 さっておられるご家族に再びお会い出来て大変嬉しく感じた次第である。これからも小井田さんご家族・立体農業研究所の上に、天よりの守り と導き、豊かな祝福があるようにと願う者です。( 最後に小井田立体農業研究所(小井田一家の農場)を今日まで支えてこられた與八郎さんの奥さんツルさん、重雄さんの奥さんまき子さんの働きに敬意を表した い ) また、NPO法人東北開墾の関係者の方々にもお礼申し上げたい。東北食べる通信2017年12月号「胡桃」からの引用を快くご快諾下さり感謝申し上げま す。

 地 球規模の気候変動による日本周辺の農林漁業環境の変化により生じつつある様々の困難が今後予想される中にあって、今回紹介させて頂いた小 井田立体農業研究所の地道な歩みが、少しでも多くの関係者に示唆と励ましを与えるものであればと願いつつ報告とさせて頂く次第である。

〔 参考資料 〕

『 後世への最大遺物 デンマルク国の話 』内村鑑三著 岩波書店

『 木を植えた人 』ジャン・ジオノ著 原みち子訳 こぐま社 (1989)

「小井田立体農業研究所」パンフレット

東北食べる通信 2017年12月号 「 胡 桃 」

発行人 高橋博之 発行元 NPO法人 東北開墾(岩手県花巻市藤沢町446-2)

「農民教育五十年」 藤崎盛一著 豊島農民福音学校出版部 (昭和51年8月)

「農民福音学校」 編集 農民福音学校 発公人 藤崎盛一 発行所 立農会 (昭和52年9月)

暮しのゆとり 文化の香り「ノルウェーの小規模酪農経営の素顔」九州大学 萬田富治著 酪農事情 1995 冬季増刊号

小井田立体農業研究所 米・胡桃・ミルク・自然卵の農場

〒028-6505(自宅)岩手県九戸郡九戸村大字江刺家5-56  ℡ 0195-42-3280 FAX 0195-42-2181    

(農場)岩手県九戸郡九戸村大字江刺家5-135 ℡ 0195-42-3281 FAX 0195-42-2181

E-Mail  koida-rittai@sky.plala.or.jp 

ホームページ http:// koida-rittai.wixsite.com/farm

Facebook      http://www. facebook.com/ koidarittai


< 小井田立体農業研究所パンフレット >