亡びよ

藤井武

日本は興(おこ)りつつあるのか、

それとも亡びつつあるのか。

私の愛する国は祝福の中にあるのか、

それとも呪詛(のろい)の中にか。

興りつつあると私は信じた、

祝福の中にあると私は想うた。

しかし実際この国に正義を愛し

公道を行おうとする政治家のただ一人もいない。

真理そのものを慕うたましいのごときは

草むらを分けても見当たらない。

青年は永遠を忘れて鶏のように地上をあさり、

乙女は真珠を踏みつける豚よりも

愚(おろ)かな恥ずべき事をする。

かれらの偽らぬ会話が何であるかを

昨年の夏のある夜私はさる野原で

隣のテントからゆくりなく漏(も)れ聞いた。

私は自分の幕屋(テント)の中に座して身震いをした。

翌早朝私は突然幕屋をたたみ私の子女の手をとって

ソドムから出たロトのようにその処を逃げ出した。

その日以来日本の滅亡の幻影(げんえい)が

私の眼から消えない。

日本は確かに滅びつつある。

あたかも、らい病者の肉が壊れつつあるように。

わが愛する祖国の名は

遠からず地から払われるであろう。

ワニが東から来てこれを呑むであろう。

亡びよ、この汚れた処女の国、

この意気地なき青年の国!

この真理を愛することを知らぬ、

けものと虫けらの国よ、亡びよ!

「こんな国に何の未練もなく往ったと言ってくれ」

と遺言した私の恩師の心情に

私は熱い涙をもって無条件に同感する。

ああ禍(わざわ)いなるかな、

真理にそむく人よ、国よ。

ああ主よ、願わくはみこころを成したまえ!

 

(「旧約と新約」1930年7月)