ノルウェー滞在報告(2023.3.15~6.15)
愛農高校職員
近藤 百
●はじめに
近藤百とその家族(妻、娘5歳、息子2歳)は、様々な方のご協力を頂き、2023年の3月15日から6月15日までの3カ月間北欧を中心に滞在した。当初は1年間家族でフォルケホイスコーレに在籍する予定であったが、学生ビザでは家族の滞在許可が出ないことが分かったので、ビザなし滞在(シェンゲン協定による)の最長期間である90日間の滞在となった。
滞在は主にノルウェー南部Telemark地方のNottodenという町にあるKjell Karlsen(当時78歳)、Ingrid(当時70歳)ご夫妻のお宅にホームステイさせて頂いた。彼らは10年間宣教師としてご家族で日本に滞在した経験があり、日本語も堪能で、今までも多くの日本人を受け入れている。また近くには息子さん家族が住んでおり、子どもが6人いることや、近藤とも年齢が近いため良い交流の時となった。
●目的
今回の滞在の目的は大きく分けて以下の通りである。
①自分の価値観の再構築
→日本教育で育った自分の発想力に限界を感じ、第二軸として全く別の価値観を必要としていた。
②小さくて頑丈な暮らしのヒントがありそう
→高税率高福祉。幸福度も世界でトップクラスのノルウェーは人口が500万人で国土は日本と同じ面積。100年前までは北欧の最貧国で、現在も人口が少ないノルウェーの暮らし方は、これから人口が減る日本のモデルになりはしないか。「小さくて頑丈な暮らし」があるのではないか。それを確認したい。
③行くなら今しかない。
→愛農高校前校長の直木葉造先生は、1993年~1996年の間ご家族でノルウェーに滞在された。その話を間近で伺うことができた。また近藤の渡欧希望を受け、2019年には再度ノルウェーに訪問され、農業高校やフォルケホイスコーレ、それにかつてご縁を持っていた方々などと接触して頂いた。全てが揃った今是非訪問したいと思った。
④愛農と北欧の繋がり
→愛農はデンマークのグルンドヴィの提唱した「人を愛し、神を愛し、国土を愛する」に影響を受けている。その関係もありかつてはノルウェーの農家で卒業後研修した期間が10年間以上あった。そもそもノルウェーの民主化には農民の力が大きいと言われ、農業高校を見学する中で、愛農教育の根本に触れる機会を得たい。
*③と④について、詳しくは直木葉造先生が作成された『 2019年度 北欧ノルウェー・デンマーク学校訪問および 今後の学校間交流に向けて 』に記載があります。
以上の目的を達成するには「当たり前にノルウェーで暮らすこと」しかないと考え近藤家はノルウェーに旅立った。
●Kjell Karlsen,Ingrid 夫妻
夫妻は1979年から1989年まで日本の北海道や宮城県といった地方を中心に伝道活動をされた。小さな子ども2人を連れ、最終的には子供を6人育てながら、日本での伝道を行った。現在町の中心に難民支援のためのカフェを運営し、寄付と自己資金のみで事業を継続している。事業はスーパーの期限が近くなった食材や、2時間半離れた食品を集める施設から食材を毎週引き取り、無償で配るものである。そのほかにも市民や難民の交流の場所として無償で開放したり、難民の世話役やキリスト教の伝道も行っている。毎週金曜日にはカフェ前の広場で歌と伝道を行い、市民からは広く知られた存在である。Kjellの息子やその家族も近くに住んでおり、その活動を支援していて、キリスト教の信仰を中心としたノルウェーの中でもひと際神に仕え、人に仕える信仰者である。
印象的な話がある。何故そのカフェを運営しようとしたのかを尋ねたところ「イエス様は、弟子に対して私の言ったことをのべ伝えなさいと言われた。それをしているだけだ」と答え、「運営なんて絶対に出来ないと色んな人に言われた。でも神様が必要とするなら残してくれるはずだ。残らなければそれもいい」と思い、この事業を始めた。7年前のことである。
すでに高齢で、仕事も退職されていたKjellがそのように信仰に突き動かされ、今日までカフェを続けている姿は人種を超え、人としての誇り高い生き様を学ばせてくれた。麻薬中毒の若いカップルに寄り添う姿や、日曜礼拝の後に自宅で食事を大勢の難民と分かち合う姿など、日本では隠されてしまう人たちとの交流の輪に近藤家が入ることが出来たのは恵みであった。
●主な訪問先
・Telemark Nottoden
・農業高校
トンブキリスト教主義高等学校( Tomb Vidergående Skole)
リングダールキリスト教主義高等学校( Kristen Vidergående Skole Lyngdal )
ビグランドキリスト教主義高等学校( Kristen Vidergående Skole Bygland)
・フォルケホイスコーレ(国民高等学校)
サガヴォール国民高等学校( Sagavoll Folkehøgskole )
Telemark Nottoden
ノルウェー南部にある人口1万人の地方都市であり、近藤家が滞在した町である。古くはノルウェーを代表する水力発電所(現在ノルウェーの電力は水力で賄われている)があり、化学肥料工場の世界的な先進地であった。Nottodenにあるヘッダ―ル湖はフィヨルド湖で、遠くは海まで下ることができる。町はオスロから車で2時間ほどのところにある。
町にはいくつものルーテル教会があり、そのうちの一つに近藤家はKarlsen夫妻と通った。
トンブキリスト教主義高等学校( Tomb Vidergående Skole)
ノルウェー南東部にあるノルウェーでも代表的なキリスト教私学の農業高校。寮も整備されており学生数は480名。農業科では畜産(乳牛、豚、ヤギ、馬)と耕作を扱う。畑は広大だが、ジャガイモと小麦、飼料用作物のみで野菜などはない。他にも機械科や大工科などがある。ほとんどの生徒は2年間で、進学を目指す農業科について3年目がある。
かつて愛農卒業生はこの学校の卒業生の農家にお世話になっていたが、その事実は学校側として認識されておらず、また学校間交流についても対応してくださった教頭先生は消極的であった。生徒に学校を案内して頂き、日帰りでの滞在となった。
リングダールキリスト教主義高等学校( Kristen Vidergående Skole Lyngdal )
ノルウェーの半島南端に位置するlyngdalにあり、フィヨルドに面したキリスト教農業高校。ほとんどの生徒は寮生活をする。農業科では畜産(乳牛、馬、鶏、ヤギ)と耕種(小麦、飼料作物)を扱う。他にも林業や機械科がある。現在はスポーツ科や社会学科もあり、定員は300名ほど。学校維持のためにこの規模は必要であるとのこと。
3泊寮の空き部屋に泊めて頂き、演習林や実習の様子、近隣の農家なども見学させていただいた。いくつか授業でも愛農を紹介することができ、興味を持つ生徒も何名かいた。印象的だったのは生徒による聖書集会。夜にある集会では若い宣教師の方の話や、個人の証、本格的なバンドによる賛美があり、その脇では生徒同士がお互いに祈り合う場が設けられていた。日本との宗教性の大きな違いを感じ、またノルウェー国民の底にはしっかりとキリスト教が根付いていることを感じた。
今後の交流について、やはり日本は距離的にも遠く、訪問者もそもそも愛農ほど多くはないため、難しい反応であった。
ビグランドキリスト教主義高等学校( Kristen Vidergående Skole Bygland)
南ノルウェーの山中にあるbyglandというフィヨルド湖沿いにある人口1100人の村にあるキリスト教農業高校。全寮制で生徒数は75名とノルウェーでも格段に小さい。農業科(馬、林業、狩猟)と大工科がある。農業というよりも、ノルウェーの自然とどう一緒に生きていくかを大事にする高校で、極めて愛農と近い立場にある。若手のスタッフが多く、そのほとんどは卒業生。農業や林業の現状、教育のことなど様々な意見交換ができた。また学校間交流にも関心が高く、日本の農林業についても興味を持っていた。愛農からツアーを組んで訪問することも歓迎するということなので、今後も連絡を取っていきたい。
学校の寮監室に1泊泊めて頂き、ちょうどノルウェーのナショナルデーで学校が閉鎖されることもあり教頭先生(JonGunnar)のお宅にその後2泊させて頂いた。年齢的にも近く子どもも年が近かったため、個人的にも良い関係を築くことができた。またナショナルデーはノルウェーを代表する行事で、ほとんどの国民が民族衣装を来て、国旗を持ち、子どもの楽団を先頭にして街をパレードする。日本にはない文化であり、ノルウェー国民が国に対して持つ誇りを深く感じることができた。
・フォルケホイスコーレ(国民高等学校)
サガヴォール国民高等学校( Sagavoll Folkehøgskole )
ノルウェー南部Gvarvにある国民高等学校。ノルウェーに100ある国民高等学校のうち、キリスト教系では最も古い学校で130年の歴史を持つ。高校卒業年代を主な対象とした国民高等学校への進学率は11%ほどであるとのこと。音楽や社会活動、自然と親しむ時間などの基本的な学びと、コース(工芸や海外研修、スポーツなど)に分かれた幅広い学びが特徴の10カ月プログラム。海外からの学生も受け入れており、この年は愛農高校卒業生の女子生徒が在籍していたため、細かい話を聞くことができた。多くの生徒は寮生活や、幅広い体験ができることに魅力を感じて入学している。ギャップイヤーのような扱いになるが、勉強から離れ、人間同士のつながりを構築するために魅力的な学校である。就職や進学は高校時代の成績で決まるため、特別な進学や就職プログラムはない。
家族を連れての宿泊滞在は認められなかったが、学生の受け入れは寛容で、今後も生徒の進路として可能性は大いにある。近藤家族はホームステイ先から近かったこともあり、何度か訪問させて頂いた。卒業生が数名ボランティアスタッフとしていることも教育方法としては面白い。
●ノルウェーの教育の概要
・ノルウェーは教育費が無料であることがよく知られているが、実際にそうである。所得にとっては寮費や学費を支払う必要もあるようだが、無償の奨学金で賄えることも多く私学への進学のハードルは高くない。
・学期は2学期制で、小学校は7年、中学校は3年、高校は2年か3年が普通。年度始まりは8月中旬で、6月中旬の夏至の時期が年度終わり。
・職員の給与は国が保証しているため、学費は学校維持費に使われる。ただ物価は高いため学校経営はそう簡単ではない。
・施設はおおむね最新式が導入されており、企業とのタイアップも多い。企業主体のコンペに農業経営をしている校内チームで参加することもあり、教育現場と社会の接点は日本よりはるかに多い。
・学校は16時までには完全に閉まる。職員も16時には必ず帰る。そのためノルウェーの晩ご飯は16時。
・学校の掃除をするという概念はなく、基本的に専門のスタッフが行う。近藤の主観だと、ノルウェーの教育は「体験」に特化しており、専門的と言える。たとえば体育やクラブ活動は地域のものに参加したければ参加することになっている。日本は生徒との関わりや、掃除も含め「家庭的な教育」の延長に学校があるように感じる。どちらが良いか悪いかではなく、必要に応じたバランスが重要である。
●ノルウェーで暮らして
ノルウェーは日本の2倍の物価で、消費税は25%(一部15%)。他にも北海油田の石油の利益があり、それらは高福祉の財源として使われる。そのため年金も保証され、医療費も保証されるため老後の蓄えは老人ホーム代(自宅介護はまずない)が払えたら問題ない。高税率でも経済が回るのはそのような国の生存保障の下支えがあってこそである。そこにはノルウェー国家が国民に期待する姿勢が表れているように思う。日本の場合は国民の平均点を大事にするように感じるが、ノルウェーではそれぞれの100点を出してもらうために国家に何ができるかを考えているように感じる。その根本的な部分には、国民の数が圧倒的に少ないことがあるように思う。つまり国民は国家が面倒を見る存在ではなく、国民によって国家が存在しているため、それぞれが頑張らないと国が持たないというノルウェーの「常識」があるように思う。それを感じるのは教育以外にも交通でもある。
ノルウェーでは電車の改札も無ければ切符もネットで買う。車ではETCの替わりに車のナンバーと個人の口座が紐づいている(国に支配されている認識はない)。信号機は全然ない(ラウンドアバウト)し、標識も少ない。効率的で不親切と捉えられるかもしれないが、国民の考える力に期待しているともいえる。日本ではなんでも責任論になるのでついつい過剰サービスになりがちだが、ノルウェーでは「人が少ないから」とその辺を割り切ってシステム化したり、簡素化したり、国民に期待したりしているように感じる。
そもそも、国民は政府と対等な意識を持っているので、自分たちで国のカタチを選択している意識が高い。ノルウェーではちゃんとした独立はほんの100年前だし、そもそも農民ばかりの貧しい共同体が作り上げた国家なので、自分たちの国という意識が非常に強い。その様子はナショナルデーにも見られたが、ここは日本人にはわかりにくいところである。他にも国会議員は専任だが、市議会議員は基本本職が別にあって、会議の時だけ給料が出る仕組みである。なぜそうなのかを尋ねると「人が少ないからじゃないか?」とのこと。恐らくそれが本当だと思うが、市民生活の延長に政治があることをまざまざと見せつけられた。
昔と比べ、ノルウェーも農家が減り、家庭菜園もほとんど見ないようになったという。実際スーパーに並んでいるモノは、パンと肉と牛乳と少しの野菜以外は輸入である。それでも自給率が高いのは食生活が大きく変化してないからである。ノルウェーは朝昼晩と夜食の全4回一日で食事があるが、朝と昼はパンとジャムとハムとキュウリがほとんど。日本のように和洋中から「今晩は何にする?」なんていう選択肢の広さはない。それでも家族でそろって食事をし、家族との時間を大事にする国民性は見習うべきところが多い。
ノルウェーは16時にほとんどの人が帰宅して夕食を取る。そのあと薪割をしたり、大工仕事をしたり、日照時間が長い夏は山に登ったり自転車に乗ったり、散歩したりと遊びと生活に忙しい。高所得だから贅沢に浪費しているわけではなく、そもそも物価が高いので自分たちで出来ることは何でもしてしまう国民性がある。そのためホームセンターの品ぞろえはすさまじく、大都市圏ですらDIY工具や木材は日本の比ではない。仕事にかなりの熱量を割く日本人からすると考えにくいかもしれないが、ミッション性を仕事に見出し、それに熱中する日本人と、仕事と同じぐらい暮らす場所や環境にエネルギーを割くノルウェー人のどちらが幸福かはそれぞれ考えるところがあるだろう。誤解のないように言うが、何を幸福と感じるかはそもそも国民性にも個人にも左右される。もしノルウェー人の暮らしを日本国民がしたら、なにかソワソワしてしまうかもしれない。ただし自分の人生のミッションと暮らし。この配分は立ち止まって考えさせられたテーマとなった。
もうひとつ印象的だったのは自然に対する考え方である。ノルウェーは氷河の削ったあとの岩山だらけの国である。耕作面積は経ったの2%で表土もほとんどない。ましてや北極圏の国であるから白夜と極夜がやってくる。もうどうしようもないのである。現代の技術をもってしても岩盤だらけのノルウェーは道を作ることも簡単ではない。自然を支配して利用することはそもそも想像すらできないのである。だから自然と共に生きることが当然のようになり、素朴でお互いを補い合う国民性が生まれたのではないかと想像する。
日本はこれから人口が減る。しかし現在は史上最高の人口である。今まで自然を資源と捉え支配し利用していたところから、住処として捉えなおす必要があるのかもしれない。人口が減る中で、個人に期待しながら自然を支配しない生き方のヒントがノルウェーにはたくさん見ることができた。
●まとめ
目的に対して概ね達成出来たと言える。特に愛農教育に関する部分では、「小さくて頑丈な暮らし」は確かに北欧にはあったように思う。日本のように循環的で有機的なイメージはつきにくい(夏と冬が大部分で、湿度もないので)が、国民一人一人が少ない人数で豊かに暮らすすべを持っているように思う。
愛農高校と現地との交流の点では、やはり遠方であること、コストがかかること、双方が学び合うほど文化圏が近くないことなどハードルの高さは感じる。ただ北欧の中ではノルウェーがやはり日本に近しいと感じるし、サガヴォールフォルケホイスコーレは実際愛農生を受け入れてくれている。また姉妹校レベルではないが、相互訪問に興味を示している学校もある。
自然を楽しむ術と、自分で考えて進んでいく力強さが備わっている。日本とは全く違う国だ高福祉やオシャレなイメージのあるノルウェーだが、その反面持たざる国として過ごした歴史の長さから、素朴で質素な国民性と、が、愛農とは共通点の多い国とも言える。今後愛農教育に関わる職員、生徒、保護者の希望者が訪問できるように力を注ぎたいと思う。
●最後に
今回近藤家のノルウェー滞在は、受け入れて頂いたKjell Karlsen、Ingrid夫妻と、様々なご縁をつないで頂き、多大な助言やサポートを頂いた前校長直木葉造、桃子夫妻のご協力無くしては成しえなかったものである。心から厚く御礼申し上げます。また、快く送り出して頂いた愛農高校職員の皆様や、個別にお声がけ頂いた愛農高校関係者の方々にも感謝申し上げます。
今回の滞在の様子はスライドにまとめてあり、定期的に共有する機会を持っていきたいと思う。