言葉を受け止める旅 ~52期修学旅行~

皆さんこんにちは。52期はこの6月21日~25日まで沖縄の修学旅行に行ってきました。関空~石垣~西表~石垣~本島~伊丹という行程。西表には去年専攻科生の受け入れをして下さった農家民宿マナがあり、愛農としては3年ぶりにお世話になりました。こんなご縁で西表までつながれることは本当に有難いですね。関係者のつてで海水浴もめいいっぱい楽しむことができました。もちろん日焼け対策した女子一同含め真っ黒なのは言うまでもありません。

さて、今回は楽しい様子を載せようかと思案したものの、やはり平和学習は避けては通れません。6月23日は沖縄の集団的戦闘が終結した日として慰霊の日となっています。しかし、1945年6月23日以降に一般市民の集団自決や、銃弾に倒れた方の数は増えたのです。少しお墓のお話をさせて下さい。沖縄のお墓をご覧になった方がいらっしゃるかもしれませんが、沖縄ではお墓の前に大きなスペースがあり、また住宅地の中にもお墓があります。それは先祖の前で親族一同が集まる結(ゆい)を行い、またお墓は遠ざけるものではないからです。しかし、そのお墓に必要な遺骨はおろか、どこでいつ亡くなったかもわからない。そんな方が今もたくさんいます。お墓で先祖と対話することがとても大事な沖縄で、参る場所も見当たりません。沖縄の南部にとりあえず遺骨を集めた魂魄の塔がありますが、もちろん誰の骨が入っているかも分からない状態です。

また現在も続く辺野古埋め立て工事現場にも立ち寄りました。見るに堪えない機動隊による座り込みの強制排除の現場にも居合わせ、その状態の異常さを感じました。この怒号の上に立つ平和はどれほどの価値があるのか、本土との温度差を感じざるを得ません。

今回生徒はたくさんのことを感じ、まだまだ消化しきれていません。中には「この平和学習の時間は短い。来年の子にはもう一日多く沖縄をめぐる日を与えてほしい」という声もありました。私たちは沖縄県民の怒りや悲しみを県民並みに理解することはできないかもしれません。でも近づく努力はできる。もう一度事前学習を振り返り、事後学習をすることになりました。それは生徒の意志によるものです。

最後にひとつ。今回の旅行は多くの方の想いを引き受ける旅となりました。抱えきれないほど重いものです。しかしこの平和と犠牲の両方を引き受けることが、また誰かを、この国を救うことになる。長文失礼しました。

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