岩崎 一将

愛農高校は、高校卒業後さらに深く農業を学びたい学生向けに農業専攻科という選択肢を用意しています。農業専攻科では、1年間プロの農民の家庭に入って生活を共にしながら農業技術の基本と経営について学びます。そして、専攻科修了式で「私の歩む道」を発表します。2016年度に農業専攻科を卒業した岩崎さんの発表を紹介します。


「私の歩む道」

岩崎 一将さん
50期(2013年度入学)
鹿児島県立農業者大学校畜産学部養豚科

 

 専攻科に行く前の自分は、理想ばかりであったと思う。愛農養豚部での実践で、将来養豚と加工もやりたいと、志すようになった。また、愛農卒業生との出会いや丘の上での学びから、社会問題にも関心があった。養豚をやる上でも、有機で自給的な暮らしを実践する農家になりたいと思うようになった。当たり前ながら、実力、知識、経験ともに乏しいが、とにかく農業がしたいという気持ちでいた。

 僕の専攻科先は、ゴーバルと串原養豚である。今まで、養豚と加工の二つをやる専攻科は初めてではあったが、主に養豚をメインに、週二日ゴーバルで加工を学んだ。養豚の現場で、業界では小規模とされる母豚90頭を飼育していた。
毎週肉豚を30頭出荷するために、母豚90頭を安定して飼育、繁殖していかなければならない。豚の成長や体調に合わせた、投薬治療など養豚業の厳しさを、身をもって経験した。次第に、子豚の去勢やワクチン、人口受精を任されるようになったが、どれも少しのミスで子豚の成長や経営に影響が出る。僕自身去勢の施術ミスで、子豚を一頭死なせてしまったこともある。

 また、時間内に仕事が終わらせることが出来ず、体調を崩したこともあった。自分に与えられた仕事を確実にやろうと、その一心だった。七月からゴーバルの加工に入りこの時は、養豚と加工の掛け持ちはとても大変だった。僕自身、こんなことでつまずくとは思いもよらず、自分の弱さを認めようとせず、辛かったことも誰にも言えなかった。これだけを聞くと充実していないようにも受け取られてしまうが。そういうわけではない。自分はやれると過信があり、ただ現実を直視せず逃げていたと思う。

 自分は農業に向いていないとかってに、仕事中に一人で何度も思い詰めていた。しかし、この考えを変える出来事があった。
それは、ゴーバルの石原潔代表が日誌に書いてくれた一言だ。

 “「ゴーバルの基本は自分で考えて働く」ということ。考えるための一歩は、よく見る。見ても何も見えない、見たつもりでも、何もわからない、ということが多い。だから見えるようにしてくださいと、祈るしかない。大人になっても農家になっても、自分との闘いは続く。同時に神様は、闘っている自分をそのままに許し、受け入れてくださる。毎朝目を覚まさせてくださる。新しい一日を与えてくださる。感謝して祈ることができる。”
 僕はこの言葉を読んで、そんな簡単にわかるものではなく、長い目で専攻科を見ることが大事だと分かった。目先の自分の弱い部分に、足を取られるのではなく、少しでもそれを克服できるようにしていくということ。流されるのではなく、しっかりと立って実習していこうと思ったのだ。同時に僕は、三年の時の自分に酔いしれていた。自分の立ち位置を、全然理解していなかった。そんな、僕をゴーバルのみなさんは、暖かく見守ってくださった。ゴーバルスタッフの桝本尚子さんに受験勉強を手伝って頂いたこと、養豚では、僕が週末勉強出来るように、時間を作ってくださったこと、石原潔さんにヨブ記の通読を手伝って頂いたこと、感謝の気持ちでいっぱいである。また、ゴーバルを離れ2週間丘の上で、勉強する時が与えられたことも、感謝である。

 

 来年度は、鹿児島農業大学校に進学する。養豚の単独学科で、より専門的に養豚を学ぶ。いくら学校に行っても実践的な学びは、現場が一番だと、僕は考えている。実際に行ってみること、自分の考える理想、夢を実現させることがどれ程大変かよく分かるかだ。この一年間を通じても自分が将来、有機農業を実践する農家になりたいことに変わりはない。専攻科は、ただの農業研修ではなく、片足を愛農、もう片足を農家に入れている。ただ働く、務めるというわけではない。農家がなぜ農業を続けていくのか、農業技術よりも大事な「生き方」を勉強するのだ。これから多くの人に出会い、経験していくことになる。ゴーバルでの専攻科の学びは、僕にとって無くてはならないものである。