野呂菜月(52期) この消費世界の片隅に 

2017年度 校内意見発表
この消費世界の片隅に
3年 野呂菜月(52期)


 

「36億人の資産と、8人の資産が同じである。」今年1月15日、非営利組織のオックスファムから、この数字が発表された。最も所得を得ていない下位36億人と、最も裕福な上位8人の資産が同じだというのだ。しかも、その8人は、世界的大手企業の社長で、つまり、わずか数社の企業が、36億人分の資産を稼いでしまっている。この圧倒的な格差に、誰もが衝撃を受けることであろう。お金儲けを目的とする、「企業」というものによって、格差が広がっている事実に、まるでお金儲け自体が、悪だと思ってしまう人もいるだろう。しかし、本当にお金儲けは悪なのか。

 

私たちは、現代社会の中で、お金無しでは生きられない生活を送っている。生まれた時から、その様な社会で育ち、何か必要なものがあれば、お金を出して買うことを当たり前にしている。その意味で、お金を儲けることもまた、当たり前のこととして、捉えている。一方で、誰もがお金に対して、様々な疑問を抱いたことがあると思う。お金を多く持っていることが、本当の幸せだろうか。儲けたいと思うのは、結果自分に、安心感を与えたいだけなのではないだろうか。しかし、疑問を持ちながらも、結局普段と変わらずに、お金を使い続けている人が、世の中の大半だと思う。一方で、お金にあまり価値を置かない人もいる。利潤の追求を軽蔑し、できるだけお金にとらわれず、関わらずに生活しようとする人だ。

 

自分の周りには、この様な人も多い。しかし、考えてみてほしい。もし、お金が手元に全く無ければ、電気もガスも水道も使えない。田舎に行って、木や川があれば、何とか生活できるかもしれないが、世の中の大多数の普通の人にとっては、それは、とてもハードルが高い。誰もが何でも1から作れて、何でもできるわけではない。食べ物や服も買えず、病気になっても治せない。あまりにも不自由で、今の社会で生きていくのは、とても困難だろう。また、自分一人だけならば、自分のことだけを考えればいいが、家族ができればどうなのか。子どもが病気なのに、病院にいけず治せなかったら。勉強がしたいのに、学校に行かせてあげられなかったら。それは、とても悲惨なことだ。それより、この社会でよりよく生きるために、お金を必要な分だけは、充分に稼ぐことの方が、重要なのではないだろうか。儲けたくない、という思いは、ただお金から、あるいは今の社会から逃げようとしてしまっているだけではないのだろうか。それに、自分だけが、お金に関わらずに生活していても、世の中は変わらないのだ。

 

では、このまま貧富の格差が広がっていく世界は、一体どうしていったら変えられるのだろうか。貧困者が貧困から抜け出すには、裕福である者からの支援が、または、とりすぎている部分を戻す必要があると思う。例えば、発展途上国の貧困者には、第一に教育を受けさせるべきだ。貧しい人が教育を受けていないせいで、不当な労働条件で雇われたりして、なかなか貧困から抜け出せない状況にある。しかし、教育支援をするにも、お金は必要。つまり、お金を稼がなければ、助けられない。戦争など、お金儲けが目的で失ってしまう命があるが、お金儲けで助かる命もある。必要以上に儲けていそうな企業は、貧困者のためにも、お金を使ってくれないだろうか。そのような働きかけは、どの様にしたらできるのか。ここで少し、企業もその役割を担っている「生産」ということと、「消費」ということを考えてみたいと思う。

 

人は、物を買う「消費者」という立場と、職業によるが、物を作ってお金を得る、「生産者」という立場の両方になれる。生産者が物を作り販売し、消費者が買う。そのお金を使って、また生産者は、物を作り販売するというお金の循環によって、今の社会は成り立っている。その中で、消費者は生産者が作るものを一方的に買うだけである。そのため、問題が起きてしまう。生産側が、もっとお金儲けをしたいと欲深くなれば、消費者のお金を搾取できるように、仕向けることができるのだ。たいして効果が無いのに、効果がある、と宣伝しているサプリメント、寿命をわざと短くして、次々と買いなおさざるおえなくした家電製品、改良して、古いものは使えなくするようにさせたパソコンやゲーム。まるで、消費者からお金を奪っているかのような仕組みが、存在している。また、支出を抑えるため、他国に工場を安く建て、低賃金、長時間労働させている企業も少なくない。

 

この様な現状で、消費者である私たちは、今までどうしていたのだろうか。どの様な生産者かを調べもせず、安さばかりに目を向けて買っていたのではないだろうか。「買う」という行為は、その商品、その生産者を、受け入れてしまうことにつながってくると、私は思う。だから買うことに、もっと自覚を持ってほしい。そして、悪い儲け方をしている生産者の商品を、買うべきなのかよく考えてほしい。誰かが買えば、また生産される。反対に、誰も買わなければ、生産側は変わらざるおえない。消費者がいなければ、生産者は全く無力であるから。このようにして、生産者たる企業は、直接貧しい人のために、お金を使うことがなくても、正当な報酬を、きちんと働く人に支払う、ということを実現するだけでも、公正な世界の実現に役立つことができる。