齊藤満天(52期) 夢を育てる自分 自分を育てる夢

2017年度 校内意見発表
夢を育てる自分 自分を育てる夢
3年 齊藤満天(52期)


 

 「夢を育てる自分、自分を育てる夢」と題した1年生の時の意見発表。自分はどれだけ夢を育てられただろうか。どれだけ夢に育てられてきただろうか。

 

 愛農高校に入学した当初、自分の夢は「地域をつなぐ有機みかん農家」だった。自分の実家は愛媛県の海辺にある狩江という小さな村で有機及び低農薬でみかんを栽培している。愛農に入学して、狩江を離れることで狩江のすばらしさに改めて気付いた。実家に帰ると必ず声をかけてくれる友達、近所のおじさんおばさん。目の前に広がる海と山。そして、年に一度ある秋祭り。自分は狩江の人の温かさ、自然や文化の豊かさが好きなのだと思った。中でも秋祭りは最も大きな存在で、自分も含め狩江を離れた多くの人々も、その日のためだけに帰ってくる。普段は静かな狩江の村もその日は歓喜と熱気に包まれる。狩江にとって秋祭りはなくてはならない大切な行事だ。しかし、現在狩江は過疎化が進み、祭りが続けられなくなる可能性がある。あるいは、狩江自体が続かない可能性もある。自分は、実家を継ぎ、みかんを様々な人々に届けることで、狩江を全国に発信したいと思った。

 

 それから愛農で授業や様々な人の話を聞いて、自分の夢は徐々に育っていった。大きな要因はパーマカルチャーとの出会いだ。パーマカルチャーとは永続的な農業という意味で、持続可能な環境を作り出すためのデザインのことだ。パーマカルチャーは、人間が自然界よりも優れているという観念を捨て、人間と自然との調和を目指す。そのための原則に、「循環性」と「多様性」というものがある。土から植物が生まれ、その植物を動物が食べ、動物の排せつ物や死骸、枯れた植物が再び土にかえるという「循環」、それをうまく生み出すための環境の「多様性」、これらが成り立っていないと環境は持続することができない。

 

しかし、今の世の中はどうだろうか。経済的に生活できないからという理由で多くの人が行っている慣行農法は、自然の循環性や多様性よりも見た目や値段といった市場のニーズを重要視している。化学肥料によって土は多様性を失い、その土でできた病弱な作物には農薬を使わざるを得なくなる。そしてその農薬で作物が弱ってしまっては困るため農薬が効かないような遺伝子組み換えの種子を使うことになる。そうやってできた安全とは言い難い食べ物はわたしたちの体でろ過され、あるいは蓄積される。今の世の中は、循環が断ち切られ人間と自然は調和していない。むしろそれを制御、支配することを目指しているかのようである。それは狩江でも例外ではない。山は見渡す限りのみかん畑。このような単一な環境では生態系が崩れ病気や害虫の大量発生が起こりかねない。

 

そのために農薬や化学肥料を使う人もいる。入学当初の「地域をつなぐ有機みかん農家」という夢もそうだ。有機農業は環境に負荷をかけないものだと思っていたが、自分にはその先に循環性、多様性という考え方はなかった。パーマカルチャーと出会い、自分の夢はそれを土台とした自給自足の農業に変わった。自分の中ではかなり大きな変化だったが、不思議とすぐに受け入れることができた。恐らくそれは、パーマカルチャーの理念や自給自足といった考え方が、本来人間にとってあるべき姿であり当たり前のことだったからだと思う。

 

パーマカルチャーと出会ったことで農業のコンセプトは自分の中で変化していった。しかし、2年間変わらなかったものがある。それは狩江で農業をするということだ。その思いは全く変わらず、今は狩江で農業をするということだけでなく、狩江を持続可能な農村にしたいと思うようになった。持続可能なコミュニティの実現は、県や国といった大きな区切りではなく小さな地区や村でなければ難しいと思う。大きなコミュニティになるほど生産地と消費地の距離が離れ、物流に多大なエネルギーを使うことになる。自転車や徒歩で移動できる程度のコミュニティの場合エネルギー、食糧共に自給できれば、持続可能な世界になるのではないかと思う。

 

自分はそのような世界の先駆けとなるようなコミュニティを創造したい。とはいえ実際には、コミュニティというものは自分一人でできるものではない。自分を含め、多様な考えを持つ人々によって成り立っている。コミュニティづくりの上で自分が大切にしたいと思うことは、パーマカルチャーにある「調和」と「多様性」という言葉だ。もし自分が、パーマカルチャーや自給自足といった考えをコミュニティの人々に押し付け、同じ考えを持つ人だけになったら楽だと思う。しかし、そのような単一な社会は豊かでない上、進歩もできない。自分と異なる考えを否定することなく、様々な価値観を持った人々とともにコミュニティを築いていけたらと思う。自分を育ててくれた狩江の祭りを、狩江の村を、これからも続いていくものにしたい。

 

愛農に来て3年目、自分の夢は大きく育ったと思う。そして、その夢の実現のため自分も大きく育つことができたと思う。しかし、それはまだ自分の想像の範囲内で育っただけだ。今の自分も今の夢も現実というものは知らない。これからは、どんどん現実を突き付けられることになるだろう。しかしそんなとき、夢を育てることをやめるのではなく、自分が成長していけるための養分に変えていきたい。いつか実ることを楽しみにして…。