松村七海(53期)思い出してごらん

2017年度 校内意見発表
思い出してごらん
2年 松村七海(53期)


私は小さい頃から自然が好きだった。花を育てたり、近所の農家の集卵の手伝いに行ったり自然と触れ合っている時はとても楽しかった。そのことがきっかけとなり農業に興味を持つようになった私は、自然溢れる愛農で学びたいと思い、愛農に入学した。

 

私は農業の事も寮生活の事も楽しいことばかり考えていたが、農業は思ったより大変だった。日々移り変わる天気の予想は難しく、私達人間には天気を変えることが出来ない。さらに、今日播いた種が明日実を実らせることはなく、今日生まれた雛が明日卵を産むこともない。そこに至るまでにはたくさんの苦労がある。暑い日も寒い日もあった。作物や家畜の世話をする中では重いものを持ったり、手や服が汚れたりもした。作物や家畜を一生懸命育てても、思うようにいかない事が多くあることを愛農で学んだ。

 

愛農に来てから、理想と違う面が数多くあった。一年生の頃は、理想と現実の違いの中でとまどいを覚える日々だった。理想と現実は時に大きくかけ離れている。

理想、夢、希望を持って物事に向かう時、自分が考えていた以上の苦労、絶望を感じてしまう。挫折とはそういうところからきているのだろう。
つまり、理想、夢、希望はその人の生きる道、人生を形づくる事に直結している。しかし、それは時に大きな壁として私達の前に立ちはだかる。

 

一年生のときに学んだ故事成語に「臥薪嘗胆」という言葉がある。「臥薪嘗胆」とは、国同士の争いの中で、互いの恨みを忘れないよう、薪の枕で寝て、その痛みで、熊の肝を舐めてその苦味で相手への恨みを想起し相手を倒そうという思いをつのらせた、というところから来ている言葉だ。この敵を討つためにつらい思いを重ねることを臥薪嘗胆という。それまでの苦労、悔しさは高みを目指す力となる。私はそれを悪いとは思わない。
しかしこの臥薪嘗胆的想起によって与えられるのは「他者を制して追い抜く力」だと私は思う。その力で苦労を乗り越えようとした時「他者を追い抜く」事が目的になってしまい、悔しさ、苦労が相手への恨みや、憎しみへと変化してしまう事がある。憎しみ恨みを心に抱え想起しながら生きていくのは争いの火種となる。心から幸せで平和な日々がすごせるようには思えない。

 

そこで「臥薪嘗胆」とは別の「他者を制する力」ではなく困難を乗り越える力となるものが必要だと私は思う。指示や命令によって思い出させるのではなく、自発的に思い出す想起はないのか。
そんな時、幼稚園の卒園式に歌った『思い出のアルバム』という歌を思い出した。「いつのことだか 思い出してごらん あんな事 こんな事 あったでしょう うれしかった事 おもしろかった事 いつになっても わすれない」という歌詞の後も春のことです、夏のことですと思い返していく歌詞が続く。いつになっても想起して、いろんな人にうれしかった、おもしろかったことを季節の感謝とともに伝える歌だ。指示や命令からではない。「思い出してごらん」と母が子に語りかけるような優しい呼びかけがある。この想起こそ、臥薪嘗胆的想起とは反対のもう一つの想起だと私は思う。

 

それまでの憎しみ、苦しみではなくうれしかった事、楽しかったことを想起し、困難に立ち向かうバネにする。このとき大切なのが、自然と思い出す力だ。

 

私は一年生の農家実習で農家は毎日朝から晩まで働くという事を改めて感じた。それと同時に「なぜそこまでして、毎日農業を続けていけるのか」という疑問がわいた。実習では、インゲンやサツマイモの収穫を暑い中、蚊に刺されながらも行った。どの作業も大変だったが農作業の後に食べるご飯はとてもおいしかった。あのおいしいご飯があったから農家実習を頑張ることが出来た面もあった。振り返るとあの農家さんは農業をする上で収穫の喜びや自然の恵みを知っていたから頑張れていたのではないか。そう考えると農業にも、臥薪嘗胆的想起とは反対の想起があるように思う。

農業は、人間の思い通りに行かない自然を元にした産業である。理想と現実が伴わないことも多くある。そんな中で現実と向きあう事が農作業をする上で重要であると思う。
愛農に来て、二年目を迎えた。自分の思い通りにいかない事も多くあった。しかし、それらは私にとって理想と現実を考えるきっかけになった。
愛農に興味を持ち出してから「農業と平和は繋がっている」という言葉を聞くようになった。私は愛農に入学する時「三年間を通して農業と平和を学びたい」といった。今の私はまだ農業の事も、平和の事も語れる立場にはない。しかし、今は農業に恵みや喜びを想起するところがあるから平和と通じているのかもしれないと思う。

 

苦しみをバネに周囲に勝るのではなく、それまで受けてきた恵みを思い出し、今後に生かす。この考えは現代の平和に求められているのではないかと思う。
この先、私の歩む道には多くの困難があるだろう。しかし、愛農で学んだ日々の喜びや楽しさを糧に困難に立ち向かう力を思い出していきたい。
「思い出してごらん」この言葉を胸に自分自身を高めていくとともに「農業と平和」の関連性を今後も模索していきたい。