長野友哉(53期) 仕える人になりたい

2017年度 校内意見発表
仕える人になりたい
2年 長野友哉(53期)


みなさんは仕えるということにどんな印象を持つだろうか。仕えると聞いて多くの人がイメージするのは奴隷やしもべだと思う。

 

しかし、僕が伝えたい仕えるということは誰かのため、何かのために行動するということだ。僕は愛農高校で一年ほど過ごしていく中で炊事、部門、部活、学校での生活など仕えるという場面がたくさんあった。
僕は養豚部を専攻している。養豚部の活動の中にもたくさん仕える場面がある。豚のために日々の管理、実習を行っており、学校のため、自分のために力を注いでいる。
しかし、以前までの僕は仕えるという大切さを知らなかった。先生の言われるがままに、嫌々活動していた。そんな僕がその大切さに気付いたきっかけは、養豚部での活動の中で様々な出来事があり、その中でも病気の子豚の死と、生まれた直後に死んでしまった子豚を目の当たりにしたときだ。

 

豚舎には現在、母豚十二頭、肥育豚約百頭がいる。その中に少し様子がおかしい豚がいた。
先生に「その豚は病気で弱り、ほかの豚にいじめられているから隔離しろ」と言われ、育てる場所を変えた。しかし、その豚も相当、弱っていたため数日後には死んでしまった。
その時僕は普段の管理や実習でもっとその子豚に目をやれていれば、もっと寝床を清潔にしていればなど後悔しかなかった。

 

もう一つの生まれた直後に死んでしまった子豚は寒さが原因だった。その場所は母豚が子豚を生むための部屋に入るのを拒み急遽、別の場所にお産のためのスペースを作ることになった。しかしその場所にはヒーターををつけるのが困難で、暖かくなってきた時期ということもありヒーターがなくても大丈夫だろうという安易な考えでまたもや何頭か子豚を死なせてしまった。
これらの出来事を通して僕の考えが変わっていった。家畜は人間の都合で管理され、とても不自由だ。しかし、飼育をしている以上できることは全力でやってあげたい。そう思うようになった。

 

豚だけではなく人に仕えるということも大切だと思う。家族、友達、先生、年配の方など困っていたら助ける、感謝の気持ちを行動で示す。けれど人間は不思議なもので親しくなればなるほど相手を気遣わなくなってしまい仕えることを忘れていく。
きっと僕も親しくなった人ほど「これくらい大丈夫だろう」などという尺度で判断してしまい、たくさんの人を傷つけてきたと思う。寮生活をしていく中で同級生への対応が雑になってきていると自分自身感じている。親しくなっていく中でも少しでも相手を気遣う気持ちを忘れないように過ごしていきたい。

二年生になり少しづつ進路について考えるようになった。僕が思っている仕えるということができ、なおかつ僕が一番好きでやってみたい事とは何だろうと思うようになった。
今、僕が将来やりたいと思っていることは農業だ。そこで農業について色々な経験を得るために春休み中に養鶏と野菜を営んでいる農家さんに実習に行かせてもらった。この農家さんはたまごや野菜を直売所で販売している。直売所で作業をしているときに常連のお客さんが農家さんに「いつもありがとう」と笑顔で話していた。その農家さんはお客さんとの信頼関係が築けているような気がした。

 

僕はもう一つ、農家カフェをやりたいと思っている。自分が育てた農産物を使った料理や、自分が好きなコーヒーを自家焙煎して提供したい。
これは少し大きな夢ではあるが、コーヒーは栽培を行っている国へ行き、現地の方と直接取引がしたいと考えている。
今コーヒーの栽培を行っている多くの農家さんは正当な賃金をもらえていない。だから僕は現地へ行き、正当な取引をしたい。要するにフェアトレードということだ。
フェアトレードとは、仕えるということの究極の実践だと僕は思っている。そして農業はこのフェアトレードが最も実践できる職業だと思う。

 

僕が目指す農業は決して大規模なものではない、小規模でも消費者の方との関係性をしっかりと築いていきたい。お客さんに「ここの野菜は少し高いけど、それだけお金を払う価値がある」と言われるような品質の農産物を生産できるようにしたい。
この夢を叶えるために、残りの高校生活で日々の農場管理や実習など今まで以上に周りに目を配り、活動していく。

 
僕はこれから誰かのため、何かのために仕える農業者になる。