高森美咲(53期) 生きる価値

2018年度 校内意見発表
生きる価値
3年 高森美咲(53期)


「うわー、キモちわるい」。小学校の頃、聞いたこの一言をずっと忘れられずにいる。帰り道で障がいを持った方々が散歩をしているのを見た友人が言ったこの言葉。その時の私にとっては衝撃だった。その時から、私の“障がい者”の方々への見方が変わった。障がい者と書くとき、昔は障子の「障」に被害の「害」と書いて、障害者と表記されていた。辞典で調べてみると障害とは、「さまたげとなるもの」と書かれている。障がい者は、生きていくうえでさまたげになるような人達なのか。私には2歳下に弟がいる。弟は、知的障害をもっている。知的障害とは知能を中心とする精神の発達が遅れ、社会生活上の適応行動に困難が生じる状態のことをいう。

 

私にとって、障がいがあるということは普通だった。小学校に上がってから初めて知った。障がいがあるということは、普通ではないということを。そこから、自分の中で弟の存在に悩むようになった。

 

弟がいても姉弟ケンカと呼べるようなケンカもしたことがない。弟がいると言っても、障がいもっていると言うと、凍りつく空気が私にとって一番辛かった。家族で外食をしていても、少しさわいでしまうと冷たい目線がやってくる。楽しい時間も、弟のせいで人の目を気にしてしまう。いつの間にか 芽生えていった気持ちは、「弟は何故、生きているのか」だった。自分の楽しみを邪魔される存在。さまたげになるものとして、弟のことを見ていたのだった。そんな感情をもった自分に嫌気がさしていた時、同じ境遇の人に出会った。その方も、身内に障がいを持った方がいた。その方に話をして私は、こんな感情を持っていたことを後悔した。一番、弟を理解してあげなければならないのは、家族だということを教えてもらった。この出来事をきっかけに、福祉について関心を持つようになった。そして、思ったことがある。

 

障がいのある方々も生きやすい世の中とは何か、ということだ。そこで、私は専攻する作物部で一つの企画を立てた。農福連携というものだ。農福連携とは、農業と福祉の現場が連携することを言い、障がいがある方の農業分野での就労を支援する取り組みのことを言う。誰もが生きやすい世の中を知る一歩になると考えたからだ。そして、地域の福祉施設の方に協力していただき、農業体験をした。大豆の種まきと、トウモロコシの苗を植えるという簡単な作業だ。教えながら伝わるように一緒に作業をするということはとても大変だった。

 

しかし、一緒に作業してみると、楽しそうに土を触る方が沢山いた。どの方とお話ししても「楽しい」と言ってくださるのだ。交流をする前は「障がい者」の人たちと関わることに、生徒は前向きではなかった。だが、周りを見渡すと、少し戸惑いながらも、笑顔で話をしている生徒もいた。最後には「ありがとう」と握手をしてくださる施設の方の姿もあった。そこには、冷たい視線もなく、温かい空気に包まれていた。「障がい者」だから、という目で人を見るのではなく、関わらなければわからないことがあると思う。

 

しかし、世の中には悲しいこともある。2016年7月26日、神奈川県にある「津久井やまゆり園」という障がい者施設に元施設職員の男が入った。19歳から72歳の合計19人の障がい者を殺害し、負傷者26人を出した。相模原障害者施設殺傷事件だ。その男は「障がい者は生きている価値がないから殺した」と言っていた。本当に生きている価値がこの人達にはなかったのだろうか。

 

確かに障がい者は何もできないと思われがちで、生きている意味があるのか?と思うかもしれない。だが、私にとって弟は大切な家族だ。両親が、一生大事に育てていくと思ってくれたから、私の弟も私も生きているのだと思う。そうでなければ、私はここにいない。だから、私は障がい者が生きる価値がないとは思わない。そうではなく、生きていてほしい。だが、理解を得るということは簡単なことではない。否定的な思いをもった人も沢山いる。けれど、この世の中が一人でも生きやすい世の中になると私は信じている。一人でも、障がい者に偏見を持っている人を、良いイメージに変えていけるように、努力をしていきたいと思う。そう思えたのは、弟がいたからだ。弟がいなければ、私も障がい者に対して冷たい目を向けていただろう。弟には本当に感謝している。

 

私は将来、農業をしながら障がい者の方々に寄り添って生きていきたい。今の社会は、障がい者の方が生きていくためには仕事もなく、働くには難しい現状がある。だが、農業は単純作業が多く、誰もが働きやすい職場としての可能性があるのではないか。障がい者の方が生きやすい世の中であるためには、私達の意識を変えていく必要がある。障がい者の方が生きやすい社会は、私達も生きやすい社会に繋がっているのではないか。私は、障がい者の方への理解を深めるきっかけを農業で作っていきたい。