大塚五季(54期) 鶏を見て思ったこと

2018年度 意見発表
鶏を見て思ったこと       
2年 大塚五季(54期)


私は、毎日鶏を見る。学校へ行くとき、帰るとき。管理当番の時は一週間鶏の世話をする。暖かくなるこの時季は鶏舎に防寒のために張ってあるビニールが外される。だから、外からでもよく鶏が見える。外から見える鶏たちは「平飼い」という飼い方をしている鶏だ。その奥には「ケージ飼い」の鶏がいる。養鶏部では、平飼いとケージ飼いの二種類がある。だから、平飼いとケージ飼いを比べやすい。
養鶏部に入りたての頃は平飼いもケージ飼いも、よく見ていられるほど余裕がなくて平飼いだと鶏とふれあえていいなとぐらいしか思わなかった。でも、数か月たって少し作業にもなれてきた頃からケージ飼いと平飼いをよく見比べるようになった。

 

それぞれ、良い面と悪い面があった。でも、圧倒的に平飼いの方が良い面が多く感じられた。一つ目は鶏の本来の姿を維持できるところだ。本来の姿を維持することができたらストレスがかかりにくくなる。平飼いの鶏を見ていると、気持ち良さそうに砂浴びをして体についた寄生虫を落としている。また、鶏舎の高いところまで飛んでいる鶏もいる。他にも、日向ぼっこをして気持ち良さそうに目を閉じている鶏。寒い日に、隅の方でみんなでギュッとかたまっている光景。夜には止まり木で寝ている姿。本来の姿を維持することで、鶏が生き生きとしている。

 

二つ目は、卵を安心して産めることだ。どの動物も子供を産む時には、とても力を使うし神経も使う。また、卵を産む時には天敵に見つからないようなところで産みたいはずだ。平飼いだと産卵箱があり、その中は薄暗く鶏は安心して卵を産むことができる。

三つめは、鶏のフンを畑に肥料として入れやすいところだ。平飼いだと、鶏が鶏フンともみ殻などのその他の資材を一生懸命かき混ぜてくれる。そうしてくれることで乾燥して発酵する。発酵した鶏フンを畑に入れ、野菜くずを鶏へとやり、循環型農業ができる。一方で、ケージ飼いの鶏フンは全く発酵していない。水分がとても多くドロドロしている。ケージ飼いのフンを発酵させるには、まず水分を飛ばしてから他の資材を入れる。平飼いと比べると、とても大変だ。また、ケージ飼いの鶏フンは発酵されていないのでとても臭う。鶏の健康にも、あまりよくないだろう。平飼いだとケージ飼いに比べて臭いもあまりしない。だから、鶏にとってもよい環境だ。次に、ケージ飼いについて考えてみる。

 
ケージ飼いは効率がよく生産性もよい。また、小さい面積でたくさんの鶏を飼うことができる。しかし、鶏は身動きすら十分にできない。毎日が餌を食べ、水を飲み、卵を産むだけのくり返しだ。そして、ケージは堅い鉄で出来ている。鶏はこのような所で一生を送る。だから、私はケージ飼いよりも平飼いの方まだ良いと思った。しかし、私が一番良い飼い方だと思っているのは放し飼いだ。放し飼いだったら平飼いの問題点であるペックオーダーという鶏の集団の中で起こる順位が上の鶏が下の鶏をつついたり、カンニバリズムというストレスが原因でつつきあったりすることもほぼなくなると思う。

 

しかし、放し飼いをするには広大な土地が必要になってくる。限られた面積の中で放し飼いを行うには羽数をとても減らさなければいけない。しかし、限られた面積の中でも自然豊かな環境の中だと、ストレスがあまりかからないはずだ。もし、その環境を平飼いの鶏舎の中で再現してみたらどうなるのかなと思った。全く同じには再現できないが少しならできると思う。地面には草を生やして木も植える。木はいずれ高くなると思うし、植物は光合成もするからドーム型の鶏舎が良いと思う。上からは光が射し込むようにする。

 

鶏は、地面に生えている草を食べ、虫も食べる。そのためには、くちばしを切ってはいけない。実際にはやっていないからわからないが鶏が出したフンが発酵され草が育つための肥料となる。これには、フンの量と草の成長のバランスを保たなければならない。だから少し人間の手も加えてバランスを保つ。夜には、鶏は本物の木の枝で寝ることができる。夏の暑い時季でも、地面に草が生えていたり木などの植物があることで気温の上昇を防げると思う。私は、経済動物でもその動物の本来の姿を維持することが大切だと思う。

私たちは日々食べ物という命を食べて生きているが365日1日3食食べて、食べることが当たり前になるとその食べ物がどこでどのように作られたかということに関心もなくなるし、その食べ物が生きていたことすら忘れてしまう。食べ物をつっていない人がスーパーに行って売っている卵を買ってもなかなか、その卵を産んだ鶏に感謝の気持ちを持つことは難しいと思う。それに、どのように飼われていたかについてなど感心する持たないかもしれない。しかし、食べ物がもとは生きていたことを日々実感して食べるようになれば、おのずと感謝の気持ちが湧いてくる。
 

だから、「知る」ことが必要だ。「知る」ことで想像ができる。その動物が生きている姿を頭の中で考えることができたら、自然と感謝の気持ちが湧いてくるはずだ。感謝の気持ちが湧いてきたら、消費者は自分の食べ物の選び方を考えていくはずだ。そうなることで、経済動物の在り方も少しずつ変わっていくとよいと思う。生産性、効率性だけではなく、動物がストレスなく幸せに生きること。つまり、動物が本来の姿を維持できる環境と整えることが私たちにもできる感謝の表し方なのだと思う。