カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい。カイザルと神
そもそもカイザルのものでない神のもの、あるいは神のものでないカイザルのものがあるでしょうか。神はぶどう園の主です。その意味において、カイザルのものはすべて神のものです。しかし神はぶどう園の政治をカイザルに託しているのです。その限りにおいてカイザルのものはカイザルのものです。そして事物の性質上、すべての有形物は包括的にカイザルのものとなり得るのです。
性質上カイザルのものとなり得ず、もっぱら神のみに帰属するものは良心です。人の地上生活の原則として、すべての物質は第一次的にはカイザルに属しますが、良心は第一次的に神に属します。 ・・・
しかしながらカイザルが人より良心を要求したとしなさい。ローマのカイザルは実際自分を神と称し、自分の像を立てて礼拝を強要したのです。こうした場合、カイザルを拝しない人は財産を没収するというならば、財産を差し出せばよいのです。財産は物質的富として、カイザルの権力の下に立つものだからです。また身体を焼き殺すというならば、身体を差し出せばよいのです。身体もまた物質的な存在として、カイザルの権力の下に立つものだからです。しかし霊(たましい)は神のみに帰属させることができ、またそうしなければなりません。