6 月 1 5 日
主は歩みに従ってヤコブを罰し、その行いを報います。ヤコブは兄を押し退け天使と組み合って勝ちましたが、彼は泣いてあわれみを求め、ベテルで神と出会い「万軍の神、主よ、あなたこそ私の神です」、と語っています。それだから、あなたはあなたの神に帰り、あわれみと義を求め、絶えずあなたの神を待ち望みなさい。

ホセア 12: 2-6

私の神

 信仰に入って生きた神様との交わりに入るその最初は、自分の罪を知って、この罪ある自分自身をどうするかと言う問題にぶつかったときです。この時に、始めて神は私の神となられます。今まで神について聞いていたんですけれども、その時から神様は『私の神』となられます。いわばそのときに私共は神様に組つくんです。神様と私共との取っ組み合いを感じます。神の力を自分に感じます。神様が私共の両方のうでをつかまれまして、私共に体の自由を与えられません。私共はその下にもがいて自由になりたいと思いますけれども、どうしても神様が離して下さいません。神の怒りの恐ろしさを私共が自分の身に感ずるのです。しかし神がその怒りの御顔を和らげて、私共を祝福して下さるまでは私共も神様を離しません。こうして、神の御腕の強さ、神の御手の温かさを、自分たちの心の皮膚に感じるのです。そのときに神様は『私の神』となられます。そのときに真に自分自身の信仰生活が始まります。



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