7 月 2 0 日
私は清い水を注いであなたのすべての罪を清め、すべての偶像からあなたを清めます。私は新しい心をあなたに与え、新しい霊をあなたの内に送り、石の心を除いて生きた心を与えます。

エゼキエル 36:25-26

神観の純化

 日本の行くべき道は平和国家であり、平和国家の道は道理への信頼、神への信仰です。従って平和を確立するためには、日本はその哲学を清め、その神観を高くしなければなりません。日本の哲学は論理のもてあそび、概念のられつ、無内容な論述と議論であってはなりません。それは国家の苦しみを苦しみ、人間の悩みを共に悩みながら、しかし敗戦に挫(くじ)けず、貧しさに屈せず、国家と人間の生きた理想をつかみ出し、理想に生きるためには死をも怖れない真理愛に燃えるものでなければなりません。今日のごとく日本人の神観が整理と高揚を必要とする時はありません。神は人より峻別(しゅんべつ)されなければならず、汎神論的(はんしんろんてき)信仰は人格的唯一神の信仰に純化されなければなりません。政治の貧困は思索の貧困に基づき、思索の貧困は神観の貧困に基づきます。日本人の神観を高く、深く、純にしなければ、日本の民主主義化も徹底せず、平和国家の理念に対しても忠実かつ真摯(しんし)であり得ないでしょう。

 どうすれば日本人の神観を高める事が出来るでしょうか。私をして率直に言わせてください。それは日本人がキリストの福音を受け入れる外に道はないのです。 ・・・ キリストの福音こそ平和人を創造し、平和国家を創造し、平和世界を創造する力だからです。



上へ前へ次へ