イエスはある所で祈っていました。祈り終えた時、弟子の一人がたずねました、「主よ、私たちにも祈りを教えて下さい、バプテスマのヨハネも弟子たちに祈りを教えました」。祈りの模範(ルカ 11: 1)
何を祈るかという事と、いかに祈るかという事とは、二つともとても重要な事柄であり、私たちは先ず先生や父母の祈りによってその模範を示されます。
私自身にとって、青年時代日曜日毎に柏木の講堂において、内村鑑三先生が何を祈られたか、いかなる態度をもって祈られたかは、先生の聖書講義や講演にまさって強い感銘を私に与え、私の信仰形成にどれだけの力になったかわかりません。
家庭における最善の宗教教育も、父母自身の祈りにあります。父母が何を祈るか、いかに祈るかを見聞きすることが、子の心に信仰を芽生えさせる最良の道です。子供に祈りの文句を唱えさせるよりも、親自らが真実をこめて祈ることの方が、子供に「祈り」を教える最上の方法なのです。
イエスの祈りを見て、弟子の一人が、自分たちにも祈りを教えて下さいと求めたところに、弟子たちの信仰生活に対するイエスの生きた教育の一端がうかがわれるのです。