1 2 月 1 9 日
天は神の栄光を現わし、星空は主の業を示します。この日はかの日に栄光を語り、この夜はかの夜にその業を伝えます。語ることもなく、その声も聞こえないの、そのひびきは世界をかけめぐり、その言葉は地の果てにまで及びます。 ・・・ 主の律法は完全で、霊を生きかえらせ、主の証は確かで、単純な人を賢くします。主の定めは正しくて、心を喜ばせ、主のいましめは純粋で、心の目を開きます。主を畏れる道は清らかで、とこしえに絶えることなく、主のさばきは真実であり、ことごとく正義にかなっています。

詩篇 19: 1-4, 7-9

自然と聖書と心と

 神の栄光をあらわすものの第一は自然です。「天は神の栄光を現わし、星空は主の業を示します」。深い光にまたたく星、勇ましくさし昇る太陽、そびえる山、逆巻く海、一木一草にも、神の栄光はあらわれています。 ・・・ 

 しかしながら、人は自然だけで神の栄光を知ることは出来ません。聖書によって神の律法と教訓とが示されるのでなければ、人は神を知り得ないのです。 ・・・ 

 神の栄光を崇め、その言葉の蜜(みつ)よりも甘いことを知るのは、私たちの心です。私たちは自己を省みる時、それが過失と罪とによって汚れていることを嘆きます。自然の輝きと聖書のいましめとの前に人は自分の「かくれた罪」と「くりかえす罪」に悩んでうなだれます。しかし私たちに「あがない主」の備えられていることを知らされて、私たちの心にもまた神の栄光を賛美する思いが満ちてくるのです。自然と聖書と悔い改めた人の心と、この三つのものが声を合わせて神の栄光を賛美し、「主よ、私の岩、私のあがない主よ、私の口の言葉と心の思いとが、あなたの前に喜ばれますように」(詩篇 19:12-14)と祈ります。これこそイエスを信じる人の生活です。



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